---DJ SCHEDULE---









May 6, 2010

最後の恋文

おじいちゃんへ

1982年1月25日。あなたの初孫として待望ではない「女の子」として産まれてきました。
本当に「男の子」が欲 しかったおじいちゃんは私のことをずっと「くん」付けで呼び続けました。恥ずかしかったなー。友達には「どうしてまゆくんなの?」って言われるし、運動会 やピアノの発表会でも大きな声でまゆくんって呼ぶから。一度もまゆちゃんって呼ばれた記憶がないよ。もーいいけど。

ちっちゃいころからい ろんな所に連れて行ってくれたり、寒い冬の日は両足で挟んであっためて寝かしつけてくれた。お母さんに会えなくてホームシックで寝れなくてもそのお陰で寝 れてたきがするなぁ。

家へあがるとき履物を揃えてからでないと玄関まで引きづり戻されたり、蝉取りにいって50匹捕まえた蝉をかごの中に 詰め込んでたらすごい叱られた記憶があるよ。
「蝉は短い寿命で必至に生きとるのにそんなことしたらいかん」て。ごめんなさい。もうしてないし、今 は怖くて触れません。

上機嫌になったときに聞かせてくれるアメリカ兵の捕虜にされた話とか、おばちゃんとの話とか、ニューヨークに一人旅 行に言ったときの興奮した話、何回聞いても面白かったし楽しそうに話をするおじいちゃんがすごいかわいかったー。

小倉の町でレコード一緒 に見に行ったこともあるよね。ボーダーラインレコードだったけなー?7インチをみてドーナツ盤ドーナツ盤って言ってた。おじいちゃんの中では多分ピアノの 発表会や吹奏楽部の頃の私で止まってるからこんなにレコードにのめり込んじゃったとは思ってもないだろうね。

ごめんなさい。
嘘を ついてて。本当は東京にいます。
心配をかけたくなかったから、親族揃って隠してくれてた。携帯に電話をくれても広島って嘘をついたりしてた。お母 さんも「今お風呂に入ってるから」って嘘をついてくれてた。

反対するか、しないかも分からないけど言う事ができなくって数年おじいちゃん に会いに行ってたよ。ごめんね。


2010.05.06
ゴールデンウィークの最後の日。
ここ数ヶ月の中で死にそう なくらい幸せだった一日。七里ケ浜はすごい気持ちよかったよ。
夜になって、映画を見てた。大事な人が死んでしまう結末。大泣きした。
見終 わってすぐお母さんからおじいちゃんが亡くなったという電話が鳴った。話をしている最中なにがなんだかわからなくて涙もなにも出なかった。ただ何かにしが みついていた。

電話を切った後頭が真っ白になった。
あんなに昼晴れてたのに、夜中に少し雨が降ってたよ。おじいちゃんはいっつも 言ってた誰かが亡くなった時に「涙雨じゃのう」て。

「涙雨」だね。それとも私に会えなかったから寂しくておじいちゃんが泣いたー?かわい いなー。お別れの時に泣きたくないから今一人で文にして泣いときたい。いま沢山泣いとけばおじいちゃんに会ったときに笑えるような気がするんだけどなー。

お ばあちゃんが亡くなったときにお母さんが教えてくれたこと。
人は死ぬときに息を吐いて死ぬんじゃなくて、「スっ」と息をのんで死ぬんだよ。って。 だから息を引き取るっていうんだって。て。

おじいちゃんも幸せな空気を吸えた?
そばにおれんでごめんなさい。

あ なたの孫だからじゃじゃ馬は続いています。
大好きなおばあちゃんと会えてますか?
たまにはまゆの事も思い出してね。

明日会いに行くから。

ゆっ くり休んで。
おじいちゃん大好き。
またこれカラオケで歌ってよー。






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